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老舗企業が培ってきた〝伝統〟は、
創業111 年の〝革新〟の歴史から生まれた
株式会社石村萬盛堂
代表取締役社長
石村 僐悟 氏
DATA
住所:福岡県福岡市博多区須崎町2-1
事業:菓子の製造・販売
設立:1905年12月25日
H P:http://www.ishimura.co.jp
日露戦争での戦勝に沸いた1905(明治38)年12月に創業した石村萬盛堂は、明治〜大正〜昭和〜平成という時代の荒波を乗り越えて今年、創業111年を迎える。
地元を代表する老舗企業の一社である同社は、マシュマロの製法を取り入れた博多銘菓「鶴乃子」の商品開発をはじめ、洋菓子ブランド「ボンサンク」による引き菓子需要の創出、ホワイトデーの前身である「マシュマロデー」の考案などの〝革新〞的な取り組みを実践してきた歴史をもつ。
これらの革新し続けることを自社の伝統とする石村萬盛堂の三代目社長である石村イ善悟氏に長寿企業の秘訣をはじめ、ホワイトデーの誕生秘話、洋菓子ブランド・ボンサンクの由来、さらに今後に向けた夢や思いなどについて聞いた。

 
長寿企業の秘訣は、〝伝統〞と〝 革新〞のあんばい !?
〝伝統の良さを活かしながら常に革新を続ける〞〝革新を続けることも伝統とする〞ことが当社の企業理念です。
石村萬盛堂の代名詞ともいえる鶴乃子自体が発売当時、和菓子の中でも際立って洋風の要素を取り入れた革新的な商品でした。また、洋菓子自体も地元でいち早く手掛けました。1953年博多大丸の誕生時に声を掛けてもらったのが始まりで当初、大丸洋菓子部としてスタートしました。
その後、洋菓子ブランドとして立ち上げたのが「ボンサンク」です。ボンサンクのネーミングは私の名前に由来して、英訳だと「グッド・ファイブ」になります。フランス語のボンには「おいしい」という意味もあり、選りすぐりの5つのお菓子でスタートしました。
ボンサンクを立ち上げた1979年に社長に就任して、私自身もボンサンクの店頭に立ちましたが、いろいろ苦労しました。
当時の洋菓子は焼き菓子やチョコレート、生ケーキなど日持ちの長い商品と生菓子だけで、ショコラボアなどの中間的なセミソフト(半生)市場は誰もやっていませんでした。そこで新たな挑戦を試みましたが、なかなか大変でしたね。
いろいろ苦労した末、〝手土産市場〞を見出して結婚式の引き出物として、ボンサンクの洋菓子を売り込みました。当時、結婚式の引き菓子は和菓子が中心で最初、まったく相手にされませんでした。しかし、試しに取り扱ってもらうと、飛ぶように売れました。
潜在的な洋菓子のニーズをもとに需要を創造した好例であり、私自身でも革新的だと思いました。その時期に誕生したのがマシュマロデー、いまのホワイトデーです。
国内1000億円市場が誕生 したのは意外なきっかけ
「バレンタインデーのお返しがないのは不公平だ」という少女雑誌の投稿記事を読んで早速、「バレンタインデーに君からもらったチョコレートを、僕のやさしさ(マシュマロ)で包んでお返しするよ」というコンセプトをもとにして企画を練りました。
肝心の「マシュマロデーを何日にするか」については、女子社員を集めた企画会議で話し合いました。当初はバレンタインデーのお返しとして日月を逆読みにした4月21日が有力でした。しかし、ある女性社員から「バレンタインデーの返事を2カ月も待つのは嫌」との一言で却下になりました。
次に1週間後の2月21日という案も出ましたが、お菓子屋として性急過ぎるので結局、1カ月後の3月14日に落ち着きました。
最初、マシュマロデーは岩田屋(現岩田屋三越)と一緒に立ち上げ、その際に3月14日という日程は、雛祭りと彼岸との間であり、百貨店の催事場が空いていたこともあって、トントン拍子で話が進みました。そして、翌年には東京の三越でマシュマロデーの催事をやって、全国的に広がりました。毎年、マシュマロデーをやっているうちに百貨店から「マシュマロ以外の商品も売りたい」という申し出がありました。そこでマシュマロの白をイメージしたホワイトデーとして、すそ野を広げました。
今日ではマシュマロに限らず、いろいろなお菓子や商品がバレンタインデーのお返しに使われて、日本国内の市場規模は約1000億円強と推計されています。
革新を生むアイデアや ひらめきと出会える〝場〞とは
企業経営を革新するようなアイデアやひらめきは、いろいろな人たちと交流する中から生まれることもよくあります。交流自体は一見、無意味にみえるかもしれませんが、実は大変な価値があります。その価値を見出せるかどうかは経営者の力量次第です。
私は博多法人会の会長を務めていますが、まず会合に参加して、他の会員と交流することが大事です。その参加も一般会員としてではなく、何かの委員会の役員を務めることをお奨めします。
たとえば、委員会での役員を経験すると、自分自身のリーダーシップが鍛えられます。その経験は、自社の経営にも生きてきます。
特に経営者がいろいろな会に参加するのは、自社の経営を良くするためであり、積極的に役割を引き受けられてはいかがでしょうか。
このような交流を通じて自分の師として尊敬できる人物に出会えたら、大変意味があります。
自社の社会的存在が、 「博多の風景でありたい」
先日、百年企業をテーマとしたシンポジウムがあり、「企業は誰のものか」との問いがありました。
私自身は、創業時では自分のモノだと思ってやらないとだめだと考えます。自分のモノだからこそ、自らの目標に向かって、一生懸命に頑張ることできるのです。最初から「世のため、人のためでやっている」ときれいごとを言っているようでは成功しません。
しかし、ある時期になると、社会に目を向ける段階を迎えます。
「自分の事業が世間にどのように役立つのか」という意識が芽生えて、社会への貢献に目覚めます。
たしかに世の中での役立ち方は、企業それぞれであり、当社の場合、おいしいお菓子を提供することが第一義です。そして、当社の存在そのものが博多の風景でありたいと願っています。